新しく開発された技術や製品に対して、その安全性・有効性・品質についての基準も新たに整備しなければならないケースでは、規制当局側はいつその基準整備に入るのかが常に課題になります。また、技術標準も新たに必要になる場合があります。こうしたルール整備の必要性とそのタイミングを分析していくためには、イノベーター側(*1)のプロセスとレギュレーター側(*2)のプロセスの両方を定義し、そのやりとりを体系的に観測していく必要があります。これまでイノベーター側のプロセス(イノベーターのバリューチェーン)は各イノベーターによって様々に上流から下流までをカバーする形で定義されてきましたが、レギュレーター側のプロセスは上流から下流まで一気通貫に定義されてこなかったため、内容的にレギュラトリーサイエンスに該当していてもどのプロセスの議論をしているのかが第三者には分かりにくいという問題がありました。このため、RISTEXの第T期プロジェクトでは、イノベーターとレギュレーターの相互作用を観測するために、レギュレーターが関与する政策プロセスを「一般定義」することから、プロジェクトはスタートしました(文献1)。
一方で、先端医療に利用される技術の多様化が進み、技術や製品アイデアのホルダーから見て、医療のレギュレーションに対するハードルが高いことが参入障壁となって、医療に利用されにくいという問題も生じています。このためにイノベーターとレギュレーターがいつからどのようなやり取りをすることがより迅速な実用化と安全性の確保につながるのか、また国内市場だけでなく海外市場も対象にする場合、いつから基準設定のための国際交渉をはじめる必要があるのかといった古くて新しい課題もあります(文献2)。新技術に対応したルール組成には、「透明性」と「スピード」の両方が求められるようになり、そのために、ルールが組成されるプロセスの全体像を把握した上で課題の抽出と対応策の検討に取り組む必要が出てきました。
*1 イノベーター:技術や製品アイデアのホルダーである大学や企業の研究者、開発者、医療現場の当事者図1は、イノベーターとレギュレーターが各プロセスで相互作用している状態を示しています。あるタイミング(製品コンセプトの完成度が一定レベル以上に達した段階)からレギュレーターの関与が始まり(Regulator's Initiative)、新たな基準を整備するかしないかを判断することが求められ(ルール組成の必要性判断)、必要な場合には審査ガイダンスや技術標準などの基準の整備(ルールターゲットの同定)が始まります。ここでの基本的な問題は
@いつからレギュレーション組成の検討を始めるべきかを把握するシステムがあるか
A新規にレギュレーションを組成するためのレギュレーション(ルール組成のためのルール)があるか
Bルール組成に特化し独立した「レギュレーションのための研究開発」システム(対抗検証能力)が存在するか
Cルールの必要性を議論する場が適切に設定され、イノベーター、レギュレーター双方が関与できているか
という点にあると考えています。これらの基本問題に取り組みながら、「イノベーターとレギュレーターの間の相互作用を促進し、透明性を確保しながら迅速に新技術の出現に対応してルールを整備し、新技術の実用化を支援していく」ための学際的な科学研究という意図から、このコンセプトを「Science on Facilitating Advancement of Innovation & Regulation (S-FAIR)」としました。
S-FAIRでは、以下の点を活動の方針としています。
◆JST-RISTEX「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」に採択されているプロジェクト「先端医療のレギュレーションのためのメタシステムアプローチ」を旗艦プロジェクトとして中心に据えつつも、プロジェクトメンバーや関係者が実施している他のS-FAIRの活動目的に合致するプロジェクトとの連携を図りながら、長期的な観点で学際的なネットワークと研究コミュニティを構築すること
◆個々のトピックについて、研究会開催を通じて、ステークホルダーに対してセミオープンに自由に議論する場(緩衝地帯)を提供することを目指し、各種学会、イノベーター(新製品や新技術のホルダー)、ファンディング・エージェンシー、業界団体、技術標準化団体、行政、シンクタンク、公的研究機関、医療機関、患者団体等の間のコミュニケーションを促進し、トピックにおける課題の整理とその優先順位を共有していくこと
◆同様の関心を持つ研究者や実務家は、イノベーションとレギュレーションのバリューチェーンの各プロセスに分散しており、また先端医療分野でも領域が異なれば(技術領域が異なればコミュニティが異なる、同じ技術領域でも薬事規制と技術標準ではグループは異なる)コミュニティが異なる状態にあるため、異なるコミュニティに属する専門家がコミュケーションできるように、一般概念や共通言語をツールとして提供できるようにすること
◆日本では、少数派である社会科学系研究者の位置づけを明確にし、先端医療におけるイノベーション研究、レギュレーション研究、政策科学を融合した新たな領域を形成するとともに、次世代の融合領域の研究者を育成すること。このために、「政策のための科学」の事業体であるSciREX事業、オールラウンド型の博士課程教育リーディングプログラム(例えば、GSDM)や科学技術政策にフォーカスをあてた大学院教育プログラム(例えば、STIG)等と積極的に連携を図るとともに、シンポジウムや研究会への参加を呼び掛けて、博士課程での研究希望者(社会人を含む)や次世代の若手研究者に当該研究領域を知らしめるようにすること。
事務局: sfair[at]bioip-lab.org
東京大学大学院 新領域創成科学研究科
メディカル情報生命専攻
医療イノベーションコース
バイオイノベーション政策分野内